2015/11/30

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異なる視点で。

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2015/ 11/ 30
                 
この夏までの2年間、札幌市の「福祉のまちづくり推進会議」の委員をさせてもらった。
任期が8月末で終了したので、自分の備忘のために感想を書いておきたいと思います。

(パグネタじゃーないので、興味のない方はスルーしてね)

DSC_5128.jpg



この会議は、ざっくり言うと札幌市における様々なバリアフリーを推し進めるための会議で、
学識経験者(大学の先生)、事業者(バスやタクシー会社、旅館組合など)や
民間団体(高齢者団体や障害者団体)の代表の方に加え、
一般市民から募った公募委員合わせて20数名から構成されているものです。

実は、2年前までこのような会議があることを、私は全く知りませんでした。
たまたま、当時担当係長だった学生時代の友人に声をかけられ応募することになりました。
選考には小論文などもあるので、まさか選ばれないだろうと思っていたんですが
どういうわけか、委員になってしまった。

なった以上は、有用な意見は言えなくてもせめて会議や現地調査などにはできるだけ出席しようと思いました。
なので、欠席は一度だけ。
大学の先生たちや、実際に障害を持った方達の視点が、
本当はそんな事じゃいけないのかも知れませんが、とても勉強になりました。



札幌市に建築する施設には、ある一定以上の規模(延床㎡数や一日の利用者数など)を要件に、
高齢者や障害者が使いやすくなるための基準が設けられています。
その基準に沿って設計されたものに、設計段階または現地調査をして、障害をもった人や高齢者が意見を言って(バリアフリーチェック)、真の意味で使いやすくなるようにしているわけですね。


・多目的トイレなどで、設置されているベビーベッドを開いて使ったあと、
きちんとたたまないと、車いすでの利用ができないことがある。

・障害者は、尿意を感じたときにはすぐにしたいものなので、多目的トイレはできるだけ健常者の使用を控えて欲しい。
(知らなかったです・・・けっこう「誰も使ってないからいいやと思って使ってました」)

・点字ブロックの設置は、延長線上に電柱などの障害物がないことが望ましい。

・弱視の人は、床と点字ブロックの色の輝度が似ていると、判別しにくい。

・雨水ますの隙間に白杖がはさまるので、できるだけ目の細いものにしてほしい。


「基準を満たしていることが必要」という建設設計側と、「実際にできて使ってみなければわからない」という障害当事者の間には、なにかとても大きな溝を感じました。

一口にバリアフリーと言っても、大きく分けると4つあります。
①物理的障壁   段差や、狭小で車いすが通行できない、など。
②文化・情報の障壁   点字や音声案内がなく情報が伝わらない。
③制度的障壁    障害があることで資格が制限されたり入学・就職が受けられなかったりする。
④意識上の障壁   偏見・憐憫などで平等な交流ができない。

①~③については、行政で取り組んでもらうべきものだと思うのですが
④は、わたしたち市民ひとりひとりが思いやりと正しい意識を持てば、少しづつ改善していけるものだと感じます。
普段の生活のなかで、「もしも目の不自由な方が通ったら」「もしも車いすの人が使うなら」と
ちょっとだけ生活弱者の人たちのことを思い浮かべて行動するだけで、まったく違ったものになっていくと思うのです。

父がまだ実家で生活していたころ、月に一度通院に付き添っていました。
車いすの生活をしていても、父は「なにか美味しいものを食べようじゃないか」と希望していました。
グリッパが受診後病院から近くのレストランまで車いすを押してくれて
父は、大好きな外食を楽しむことができました。
(いまでは、「何か食べたいものはないの?」と聞いても「ないなぁ~」としか答えません。)

レストランへ行く道の途中に、雨勾配なのか急傾斜の歩道があり、
そこに差し掛かると、男性のグリッパでさえも、かなりの力を使っていました。
また、健常者ならなに不自由なく利用しているお店やレストランですが
車いすでは通行できない、入店できない、そういう構造の建物ばかりです。
特に北海道では冬期の積雪のことを考えて、何段か高くなった玄関がとても多い。
介助なしには、利用できないのです。

バリアフリーという考え方は、
「どのような障害があっても、高齢者であっても、市民生活を充分に享受できる」ということに他ならないのだ、と私は学んだ気がします。

「我慢なんか必要ない。
季節を問わず、外出しましょう!」

そう言えるまちづくり、もちろん簡単ではないし、むしろ不可能に近いとも思います。
でも、ほんの少しでもいいから、小さな思いやりの力で、前進していかなくちゃならないなぁと思うようになりました。

だから私は、障害者用の駐車場には停めないし
多目的トイレも、もう使いません。

そうそう、そういえば10月に行った沖縄の那覇でゆいレールに乗った時、ちょっと感じ入る様子を目にしました。
ちょうど5時半頃で通勤ラッシュ時間だったと思うのですが
とある駅で、ドアが開いた途端「場所を空けてください!」と駅員さんが大きな声で言うのです。
何かと思って振り向いたら、車いすの方が3人ほど、駅員さんの介助で乗ってこられました。
健常者は、ホームの乗車位置に一列に並んだままです。
無事に車いすの方達が乗ったのを見届けて、駅員さんが健常者の列に「どうぞ」と声をかけていました。

「やるならここまでやらなきゃだめなんだよな」と思いましたね。
沖縄は那覇のゆいレール、バリアフリー感覚すごいです。

私は、札幌の地下鉄にほとんど乗らないのでわからないのだが
駅員さんがホームで車いすの方を先導するなんてこと、やってくれているのだろうか?


「まちづくり推進会議」では、なにひとつ有用な発言はできませんでしたが
自分なりのバリアフリーへの考え方が培えたこと、これは大きかったと思います。
今後は、その考え方でできるだけ有用な行動をしていけたら、と思います。
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コメント

非公開コメント
        

No title
>多目的トイレはできるだけ健常者の使用を控えて欲しい
 理由と合わせて、全く知りませんでした・・・。
 広くていいや~と思って使ってました。
子供が小さいときには、一緒に入ったり。
 今度、子供にもダンナにも教えなくては(^^)。
 
 障害者用駐車場の利用。
 マークのついた駐車場から、どう見ても普通の車から当たり前に降りてくる人を見ては腹をたてていましたが。
 もしかしたら、確信犯以外に、「空いていれば使ってもいい」と思っている人もいなくはないのかな・・・。

 記号の意味、設備の意味を、もっともっと広める、例えば学校で教える、とかでもいいのかも。
Re: No title
>コロ助さん
そうなんです!
私は、この委員にならなかったら、知らないことだらけでした。
バリアフリーや、生活弱者がいて何に困っているかというようなことを
小学校や中学校で、もっと教える機会があってもいいのではないかと、私も実感していました。
無知からくる差別、それがとても残念ですし
無知による無神経な行動は、できるだけ減って欲しいと思いますね。